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政治は金とどう付き合うか
- アメリカ、韓国、日本からの報告、対話と提言 -

2001年7月14日ワークショップ

概要

政治と金(カネ)の問題は、民主主義という統治の形態を採るすべての国家が慢性的に悩まされている問題である。多くの国家において、政治とカネとの繋がりは、政治資金集め、選挙における動員、政権成立、公職ポストの配分、そして政策の立案と執行など、民主主義的政治過程のありとあらゆる段階において、さまざまな問題を生じさせてきた。

このワークショップ・シンポジウムの目的は、金権政治がなぜあとをたたないのか、そしてそのような金権政治が横行することが民主主義にどのような帰結をもたらすのかを、アメリカ、韓国、日本の事例を比較することによって体系的に検討しようとすることであった。

ワークショップでは、専門家による比較分析を通して、3か国に共通して見出される経験は何か、また3か国において政治とカネの問題が異なるパターンで表出しているとすれば、その違いは何に由来するのかを明らかにすることに主眼がおかれた。そして、シンポジウムでは、そうした比較分析の成果に基づき、一般に開かれた場で、パネリストたちが将来の改革へむけて意見交換を行うことを目指した。

プログラム

9:00 開会
9:30−12:30 ワークショップ セッションI
(昼食)
2:00−5:00 ワークショップ セッションII

セッションI

第1日目の9時半から開かれたセッションは、国際交流基金の国際会議場において、政治とカネをめぐる「環境――文化・制度・経済状況――」と題して討議が行われた(司会:モー助教授)。政治資金をめぐる法的規制の現状や、これまでどういう問題が生じ、それを受けてどのような制度改革が行われてきたかという歴史的背景について、ブレーディー教授(アメリカ)、河野助教授(日本)、そしてチャン・フン中央大学校助教授(韓国)がそれぞれ報告した。

その後、ワークショップ参加者全員による意見交換がおこなわれた。討議の中では、各国に共通するパターンや異なる点が浮き彫りになった。共通点としては、たとえばアメリカにおいても日本においても、政治資金に関する法的規制は、多くの場合大型の政治スキャンダルが発覚して強化されるという経緯をたどってきたこと、また、にもかかわらず、政治家たちはつねに規制の網の「抜け穴」をみつけて政治資金を集めることに成功していることなどが明らかになった。一方、規制の内容という点では、たとえばアメリカにおいては資金の流れについての透明性を確保する措置がインターネットなどを活用しながらかなり進んでいるが、日本ではそうした措置が未整備であり、韓国では規制の強制的な執行が全体としてはるかにおくれているというように、3か国のおかれている状況にかなり差があることが明らかになった。

そのほか、このセッションでは、経済状況が政治におけるカネの流れに与える制約、政治とカネのあり方に影響を及ぼすかもしれない文化的価値や習慣の違いという環境的要因についても、活発な議論が行われた。

セッションII

第1日目の午後に開かれた第IIセッションは、政治とカネをめぐる「過程――資金集め・動員・選挙運動――」と題して、3時間にわたって討議が続けられた(司会:西澤良隆同志社大学教授)。このセッションでは、政治にどれくらいカネがかかるのか、カネをかけることによって選挙結果や政治家のキャリアパスに影響を及ぼすことがあるのか、カネはどこから出てどこへ流れていくのか、といった民主主義過程のさまざまな段階における政治とカネの問題を具体的に検証した。

アメリカについてはマイケル・ベイリー ジョージタウン大学助教授が、韓国についてはモー助教授が、そして日本については谷口将紀東京大学助教授が、最新のモデルやデータ分析をもちよって、それぞれの国の現状について報告した。その後、ワークショップ参加者全員で、質疑応答が行われた。特に注目すべき結論としては、通説としてアメリカも日本も過去よりも現在の方が政治にカネがかかるようになったと信じられているが、(消費者)物価でなく、経済規模や購買力などのデフレーターで調整すると、かならずしもそうした傾向があるとはいえないことが強調された。

また、民主主義プロセスの中でカネが発揮する政治的効果については、各国によってさまざまな諸条件が異なるので、一概にアメリカ、韓国、日本を比較することがむずかしいことが確認された。そのほか、政治におけるカネをめぐるデータが、統計的分析に耐える十分な信頼性を備えているデータとして扱えるかについて、とくにジャーナリスト出身の参加者(サム・ジェームソン アジアン・ビジネス記者)たちから疑問がなげかけられた。